平成14年度の研究成果のまとめと今後の展望
(2)説明資料−a. 研究目標
道具は,古来より,人間にとって生活を営んでいく上で必要不可欠なものである.すなわち,「道具とは,人間の身体の一部を拡張し,身体機能を増強するためのもの」として捉えることができ,身体と一体化された道具によって我々人間は現在の繁栄を築くことができたといっても過言ではない.
一方,産業革命後飛躍的な進歩を遂げた(自動)機械は,主体である人間に対して従であるものとして位置づけられ,「人間の命令を受けその活動を支援するためのもの」として捉えられてきた.(機械については、エネルギー的な視点からの特徴づけ−つまり、機械は道具と異なり、内部にエネルギー源を持つ−もあるが、ここでは情報的側面に絞って議論を行う。)道具とは異なり,機械はそれ自身の固有の動特性や内部状態を持ち,それらに基づいて主体からの命令に反応・応答する.人間と機械との関わり合いにおいて,この命令と反応・応答を自然に行うことを目指した研究としてインタフェースの研究が進められてきた.特にコンピュータは,プログラムによって非常に複雑な内部状態や動特性を持つことができるため,その有効利用を図るにはインタフェースの設計が重要となる.
コンピュータに対するインタフェースの研究は,CUI(Character UserInterface) に始まり,現在,デスクトップメタファを取り入れた GUI(Graphical User Interface)が主流になっている.また,これからのインタフェースとして,力学メディアなど視覚以外のモダリティも含めたマルチモーダルインタフェース(MMUI: Multi-Modal User Interface)や,MMUIに機械が人間のジェスチャや音声を認識する機能を付加した PUI (Perceptual UserInterface)が提唱されている.しかし,これらのインタフェース研究は,人間と機械とは主従の関係にあるという立場,すなわち,人間からの命令とそれに対する機械の反応・応答というコンセプトに立脚している点ではすべて同一の命令−応答インタラクション・モデルであると言える.
一方,21世紀社会が情報社会として発展するためには,ネットワーク結合されたコンピュータ群と人間が一体となって様々な活動を行うことが必要であり,そのためには従来の命令−応答モデルを超えた新たなインタラクション・モデルの導入が不可欠となる.
そうした次世代のインタラクション・モデルとして本柱では,「人間と共生する情報システム」というコンセプトを提案している.すなわち,日常生活環境において人間と共生する機械を実現するには,機械自身が主体性,自律性を有し,パートナーとして人間との間で双方向の動的インタラクションを行うというモデルが必要となると考えられる.具体的には,人間と共生する機械は,人間からの命令を受けて動くだけでなく,機械自身が自律的に人間の行動や意図を理解し,それに基づいて人間への指示や情報提供を自発的に行うといった「双方向の(主従関係ではない)動的インタラクションを実時間で行う」ことが必要である.
また,人間と共生する機械を実現するには,人間が機械を見てパートナーとして認知することが重要となり,機械の持つ身体性(物理的な身体形状とその動作機能)が情報処理機能とどのような関係を持てば良いのかを解明することも重要な研究課題となる.
こうした歴史認識,問題意識に基づき本柱では,日常生活環境において「人間と共生できる情報システムを実現する」ための基礎研究として,以下の課題に焦点を当てて研究を行う.
- 「ヒトを知る」:
知覚と行動の動的相互作用に焦点を当てた,神経生理学および心理学的観点からのヒト(動物としての人間)の情報処理機能の解明 - 「人を観る」:
日常生活環境における人間の行動や動作・仕種をマルチメディア情報として観測し, I の知見に基づいて人間の心理状態や意図,くせなどを理解するための言語・音声・画像・力学メディアを統合したマルチメディア情報認識法の開発 - 「人を魅する」:
I の知見に基づいて人を魅了する情報提示を実現するための,力学メディアも含めたマルチメディア情報の生成・提示法およびシステムの開発 - 「人と交わる」:
II 、III を踏まえた,身体およびマルチメディア情報を介したマルチモーダルなヒューマン ⇔ マシン・リアルタイム・インタラクションの実現法およびそれを利用した共生型情報システムの開発 - 「人と暮す」:
I に基づいた身体性の持つ情報学的意味の解明および, II 〜 IV を踏まえた,知覚・行動系を動的に統合した共生型ロボットシステムの実現
上記のように課題 I 〜 V は相互に関連しており,各課題間の連携,相互的な成果活用によってはじめて「人間と共生する情報システム」への路が明らかになるものと考えられる.このため、 II 〜 V の情報学系の課題においては,単にシステムの性能向上を目指すだけでなく,人間と情報システムとの関わり方についての観点からの意義を明確にして研究を行う.すなわち,人間との関わり方を踏まえた情報システム研究が,情報学と従来の計算機科学・工学との本質的違いであるといえる.
また,本柱では, II 〜 V の課題の共通基盤となる新たな情報処理機構として,「自律ダイナミクスを持つ情報システムによる動的イベントの表現・学習・認識・生成」に関する研究に焦点を当て,微分方程式系による連続状態変化とオートマトンなどの離散状態遷移との融合・統一的表現の確立を目指す.これは,Norbert Wienerが提唱したサイバネティックスと,Alan Turingの提案した計算機械を融合することによって,実世界における動的イベントの表現・学習・認識・生成機構を構築しようとするもので,本柱における独創的研究成果につながるものと考えている.
以上述べたように,身体を介した知覚系と行動系との相互依存関係を神経生理学および心理学的立場から解明し,そこで得られた知見を基に多様なメディア情報処理技術・システムを開発して「日常生活環境において人間と共生できる情報システム」を実現することは「人にやさしい」,「バリアフリーな」情報社会の構築に大きく寄与するものと考えられる.こうした本柱の研究を通じて,IT社会の深化が人間中心の社会の構築を目指したものであることを広く社会にアピールすることができ,本柱の研究は社会的にも大きな意義があると考えられる.